貞彦編〔84〕

 二歳違いでしかも同じ一月生まれ。この時、符合論の手始めはすでに握っていたのかもしれない。同じような、しかも出産だったのです。自然分娩というより最後、笑気ガスを使用しての出産。本当に死ぬほどの痛み経験出来ずあたしは物足りないと直感するのです。女性は子供を産むことでひとつの贖罪を完了するのでは?という観念にあったあたしの内部的な抗争も別個にあって、痛みと対峙しない男は割とのほほんとしているのか?っというとそうでもなかったのです。男にもちゃんと痛みが伝わっていた・・・このことを知る為に出産したのか・・・っていう安堵もあって符合論の存在はまだ知らないまま時間は経過していくのです。この原理を本当に理解して応用出来るようになった今・・・二人は40歳と38歳に到達しました。同じような出産を経験し、それが出産のすべてとは思えないあたしにも生活が重く、のしかかって来るのです。特に父は辛辣でした。子供は一人しか育成出来ないっていう状況下、何も分かってないとあたしをクールに分析し非難する。でも?っていう思いが父に向っていたのも事実です。あたしは男が経験出来ない出産をもっと極めたかった!!って。しかしその時は藁をもすがる状況で父の脛を齧っている状態。それ以上は言えなかったのです。