貞彦編297

 いろいろな具体案をこれからも示していきたいなって。それは文豪ルームです。みんなが好きな形で投稿。新聞投稿でもいいし、はてなでもいい。あたしが新聞投稿していた時にも、郵便とファクス選べたけど、今は電子送信出来る。この自分のスタイルで気モチを伝えて机や椅子、パソコンか、タブレかも選べる。投稿はもはや社会の一部。技術ばかりの躍進を言うのみではいけない。投稿が国民的進化を遂げているリアルにも及ぶ。これを学校で取り上げるのです。いじめっ子の制圧に負けたり、或いは他の理由で教室には行かず保健室で過ごす映像もあったけど、確実に実を獲れる方策が実は投稿。苛めっこはこの文豪ルームでしゃかしゃか打ってる相手を見たら怖くなる・・・やっべえぞ!!まじってなる。そして、いじめっ子だってこの文豪ルームに来て今日の苛めの成果を報告してもいい。送信先はどこでもイイと言う訳にはいかない。やはり義務教育ですからちゃんと目的を持った試作でないと、文豪ルームに入ることが出来なくなるっていう感じかな。文章をしたためるということは明日をクリア出来る力を養成しているし、相手からもちろん返信あるかも・・・高校生や中学生の意見は大事って新聞社が大事にしてくれる。幼児でも今後は投稿出来る子供も出て来る。父もあたしも随分新聞投稿、雑誌投稿しました。今の成果が物語るのは皆と同時代を生きてきたんだな?っていう同胞感です!!

貞彦編296

 今朝、キャシー・ベイツさんのある言葉で目が覚める。あなたみたいなベテランがやっぱり緊張したりすることがあるんですか?の問いだった。リチャード・ジュエルに抜擢され、犯人に仕立て上げられた息子の母親を演じたことに対するインタヴュー。すると彼女は私が言いたかったことをズバリ話す!!役が変われば最初から。〔役柄は毎回違うのよ〕毎回成功するとは限らないっていう言葉だ。これも苛めに関与ですね。今日は別人でいこう!!っていうヒントです。苛めに遭って今日もそれがあるのか?って悶もんとして一人で悩むことは全員経験あるけど、役者さんって・・・毎回違う人間を演じる、そこで違う人間への感情移入を果たすけど、お金を貰っているから演じる・・・だけだろうか?若干広い意味であたしは捉える。お金がすべてではない。ここに示唆も埋まっていると仮定が出来る。苛めにあってマスコミ界から完全封鎖されたとき、あたしはペンネームで一杯載っていた。このときと酷似している。命題は、誰からも封鎖されない自分の創出だが、一里も二里もあるって、学校生活には関係ないとは、あたしには思えない。役者さんでも殺人鬼の役を演じるとき、辛いと思う。しかし成りきらなくちゃ、映画は出来ない。この辺の苦悩をジョアキンは素直に語ってくれた。☆ジョアキンとはホアキン・フェニックスのこと☆

貞彦編295

 四年間、長崎経済界のほぼすべての人々と面談した経験がいま生きている。四年間はお茶と水大学在学中だ。クラブってとこは、会話がないとだめ。お人形さんみたいにただ、座ってててもいいのは百人中、ひとり。よっぽど美人、美系なのなら黙って横にいるだけでも給金は発生。そこであたしは気がつく。よっぽど努力しないとブサイクは這い上がることが出来ない社会の構造。嫌と言うほど、それは痛烈だった。そういうとき、名案や作戦が生まれる。家の中にずっと居て何も策を考えないでは元通りにすら出来ない。私は近道を選んだと言える。ここで辛抱し、水商売の全部を視野に出来れば、出世も速くなる!!って地道な道をあえて選ばす、課長級以上、トップにいる経済人たちと面談を出来るソファを選んだ。結果が今だよ。学ぶべきことを吸収したから狂歌を選ぶチャンスを奪取。ちなみに日本の狂歌をグーグル検索したら瑠姫☆るひめ☆の名前はない。☆すまんすまん、2019年の七月八日のブログで、はてながタグ付けてくれてた!!サンキューベイビ~~とりま、これからだろう。口火を切るのは常に西嶌キャロル。他者様の口を必要とはしないし、メディアの電令も必要ない。時代が変わっていたんだね。嬉しい姫意だ。ずっと穴の中で辛かったけど、はてなのみんなが個々奮闘している日々ブログ読むことで常に刺激されたことが、今のエネルギーに起因する。苛めを受けているみんなも今が一番辛いって思うのは当然だ。しかしいつかは輪の中に行ける!!ブログレッシブに書くことでそれは叶う。

貞彦編294

 今写真を撮影してたんです、明日にはアップ出来るかも、ずっと宇宙船の写真だったので、キャロルを見てみんなが元気になれればなって、なぜなら究極のプラス思考とか精一杯強がっているけど本当はごきぶりも追いかけることができない。弱虫なんです。この映画は青少年の皆には薦められません。Uターンという映画なんですが今最高潮のホアキン・フェニックスともはやレガシーと呼ばれるショーン・ペンが殴り合うシーンがあってそこにヒント得ました。お互い、いがみ合う二人なら昔からあった手法は殴り合ったり、取っ組み合いの喧嘩ですが、今はお互いが胸のうちを語らない心理戦です。でも十メートル離して生徒ふたりを対面させてお互いが取っ組み合いするシーンを想像させればイジメの大凡が解読できます。想像力が働くことで、なんて些細なことでふたりは揉めていた?ってきっとなる、そして役者さんから学ぶ。彼らは役柄でお互い与えられたキャラを演じ給料を得ていますね、学生ならなんに当たりますか?友情だと思います。いがみ合ったりしてないでお互いを理解出来るように切磋琢磨に触れ合っていくことこそが青春の喜びであり課題!!ホアキンは力一杯、ショーン・ペンを殴って、ペンだって負けてはいません、二人の格闘を見ながら今日は気ままに執筆してみました。

貞彦編293

 とぼけることで、ほぼすべての惨事から逃れられる・・・これも父から学ぶことが出来て、なんか胸がすく思い。父は三文字に括られた結婚生活だったのです。恐妻家。なぜ、日本男子がそういうことになるんだ?ってみんながいぶかる場面でしょうか?父は嘘が多かった。小さな別にたいしたことがないウソですが、母は発見するのが速かった。すぐばれてしまうのもB型の特徴で、正に蛇に睨まれた蛙状態。私はいつの間にか幼児でありながら父の窮地にばかり目を配る癖が身に付き、ずっとその様子を伺ううちにも、観てしまうのです。とぼける・・・です。腕白には中々なれずともこのトボケルを取得でワンパクトが得られる。インパクトの恐妻家版ですね。川柳や狂歌でも、とぼけるが重要な位置を占めています。相手の気を逸らすことが目的でやり込められている時に突然、違う話、しかも相手が気になるようなことを話し始めて興味をそそるのです。おうちの言いよったあのことは、僕もずっと気になってた・・・また一緒にそのことば話そうって、それだけ言ってそそくさと居なくなる。とぼける仕草、そしてユーモアはユーモアでもかなり相手に関係あることで興味を引く。先生が、いっきなり訊いてきたんだよね、君のことをさあって。いやいやいやいやいやあ、その子きっと、びびっている。苛められている側より、もっと緊張が高まっているのはいじめの張本人たち。我々はもっとリラックスしていこうよ!!

貞彦編292

 間違った大人にへいこら付いて行って最後に落とし穴に埋もれてしまう・・・なんていう残酷でしょう。もっとも昔ならその域は否めず、私も自分がここまで成立して来れたこと自体、夢によう・・・インターネットの躍進です。だからといって闇サイトなんかはあてにはしない方いいね。いくつか見たけど、怖い・・・これはおぞましき系図です。もっと明るい方へ自ら歩みを進めましょう。私の経験は押し付けません。幾らなんでも差があり過ぎる。いじめにあって文章のすべてを闇に埋葬されたとはいってもあたしは銀行の支店長夫人。地位があった。しかも文豪です。後で幾らでも巻き返しが出来る身分。でも・・・みんながもしも苛められていたら親の、社会での位置はひとまず却下しましょう。自分の命を死守出来る環境。そこがまず第一視点。親は担任はかんじんなとき、あてにはならない。特に、お金を、せびられている場合、すぐに警察に行かないといけない。これは犯罪に該当するからです。十七歳くらいでそういうことに手を染めている仲間なら確実に犯罪者予備軍です。君がこのイクサには勝ち目がないな・・・ってどんよりした眼で今起きたならこれが起点。みんなが君が立ちあがることを目視しています。インターネットは誰が最初その分身を見つけ、次を開発しここまで大きくしたの?私は丹念にまず調べる研究心だと思ったのです。

貞彦編291〔オラン・ウーマン編〕

 速さを否定した人間たちの対角にあたしは今・・・ある。座標は嘘をつかない。つけないんだ。あたしは三十五歳から開始した短歌作りで、速さを否定する人間を一杯観てこういう人間に勝利は来ないことを強く予期していた。速いということは、次に掛かる準備がすでに出来ているということ、ここが大先輩たちにはわかってなくて残念に思うけど、何も言わない。いずれ、彼らも理解出来るだろうな?は分かってた。速さを否定した人間たちをあたしは助ける訳がない。私をふみにじってここまで来た連中。オソマツとしか言いようがないよね。そんなに、遅さが好きならずっとそのままでいいんだよ?ってあたしは気遣う様子も見せず、離れていった。みんなも苛めをそんなに大ゲサに採ってはいけない。苛められた私のようだけど、何も関知はしないっていう方向を獲ったまでだし、相手だって私を人間の数には入れてはいなかった。物事の心底をよく見ていれば分かる。正しくない大人だっているんだよ。だから自分の眼力を磨く努力を欠かしてはいけない。間違った大人にずっと追随してたら大変なことに巻き込まれる。例を挙げよう。キオスク、キヨスク、キヲスク、全部正しい。それなのにこれがすべてだ!!って公言してるような大人に今後出会ったら、みずからググル。そして自分で確認する。推考する。いじめを提訴し蒸し返してでも検証したいのか?それとも後生、苛められたくないっていうのとは、訳が違うんだよ?私はどっちにも該当しない。