貞彦編807

 郷に入れば郷に従え的なもくろみが言葉事体にはある。その言葉を使うことで地元民になった証し的な企みがあるけど、とうとう一回も母は溶け込むことはなく長崎の方言を我が物にすることはなかった。淋しいね!!って心のどこかで不信感を抱く私がいたんだ。人間のプライドがここにもある。鹿児島弁も使わない。人が使っててそれは当然意味わかっていても溶け込まない。母は頑として方言を使わず標準語でまっとうした人だった。お姉さんはまったくそれとは違っていてどんどん佐世保に溶け込んで佐世保弁使っていったけど、母を見ていて人は姉妹でさえ、違うんだな・・は心の中で固まっていった。妹さんに会いたかったけど遂に会えなかった。結婚して姫路に行ったからしばらく母は文通してたけどいつかそれも途絶えていった。今も元気にしている可能性が高い。会ってみたい。四番目はテレンパレンを行きたい。そがんテレンパレンしとっても人生は向上せんばいっていうとき、テレンパレンは遊び人的な自由人を指している。今はどう表現したらいいだろう。長崎固定とは言い切れない。テレンパレンはしかしカワイイ。自由気ままに人生を捉えているそのいい加減さを川柳の世界では認めているからだ。☆この場所が懐しい。ゴリラのようちゃんが卵を買いにお使いで来ていた、お豆腐屋さんも、あった☆