貞彦編〔167〕

 欠点ばかりの父だとして、あたしの母は父の長所もきちんと把握していたと思う。そこは自分でも分かっていた母。あんなに優しい男性は世界中探してもいないって母は分かっていた。しかし、言えなかった。母自体が、言葉足らずだった・・・。ありがとう!!とかごめんなさいね?って。不思議なのはそういう言葉を母はあえて家庭で使わなかったんだなって。教員時代の13年の間は使用していたとは思う。しかしひとつの家庭の専業主婦に”掟”はなかった。そう見てもいいでしょう。母は自由を奪取し、専業主婦になって自在生活を謳歌した。しかし母の中ですでに優秀児教育熱はすっかり引いてしまい、あたしと弟は、自由の元に育成されていく。あーせい、こーせいは全くなく何も強制はなかった。今にして思えばこの教育方針は放任のようで、違うんですね。一回失敗すれば人間は自分の手法を信じられなくなるし、母も人を傷つけてしまったあたしの心のありようまで及んだのでしょう。優秀児に育成する意味さえ失せてしまった。そこまで母を苦しませたあたしは随分長い間、贖罪について悩んでいたのも事実。どうすればこの問題を解決出来るのだろう。なし崩しには出来ない。両親は解決の為にあたしの新天地を東長崎に決めたのです。ここではゼロからスタートでした。あたしの過去は見事に封印されたのです。