貞彦編〔31〕

 沢山の発奮があれば、いいものが書けるか?というとそうではなく意外なものがヒットの可能性を秘める。それで重々に慎重にあたしが父の本をお手本にどういう傾向の書物でいく?の吟味に入った、そこが顕著になるあたしの四十代の後半です。父は確かに遜色のないお手本を示してくれたけど気に掛かることがあった。その本で沢山の短歌を引用しているのです。作者は記述なし。これは一体どこからそびき出してきたのか?とまず疑問に思う。父が作ったものではない。しかしあえてあたしは父に問うことはない。むしろ妹の短歌、一首くらいを採用してもいいのでは?っていう苛立ちがあたしにあった。妹こそが和田家の家宝のはず。父はあくまでも浄土真宗を描きたかった・・・エッセイではないということです。阿弥陀如来に纏わる渾身のエッセイが元本で自分の生い立ちや家族を追ったものではなかったということです。遠い親戚にあたる若杉さんに絵を描いてもらってそれが大層美しい。こんなところにまで父は自分の愛を運んでいたのか・・・っていう感動と同時に、裏腹だったのは父の本の中に一行たりともあたしと弟のことはなかったこと。ショックというかせめて自分の妻のこと・・・それ位には及んで欲しかった。ひっちゃかめっちゃかの妻のあたしでも、夫のことは第一に描きたい!!ってそう心掛けて結婚生活という人生をまっとうして来た。父にはそこが見当たらなかった。いや、専門的に法然親鸞を論じたかった気モチが分からないではない。ふたりは親子、父と娘でも、そこが相違点になるかもなあ・・・が点灯したのです。